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パプアニューギニア(PNG)は日本から一番近い南半球にある国です。

直行便を使えば6時間30分でいける楽園です。海が好きであればダイビング、釣り。動植物が好きであればバードウォッチング及び自然観察に興味のある方はネイチャーウォッチング。

このpng-info.comはパプアニューギニアの情報ページです。

自分がしたいことを出来る場所がわからないと言う方は、一度PNGを検討してください。赤道近くといっても4,500mの山頂では雪がふることもあるような何でもありの場所です。

キャンペーン情報

DivingCampain
キャンペーン案内チラシはこちら(PDF形式500KB)

パプアニューギニア全体図

マップ

パプアニューギニアニュース
カビエン 蛍の木
カビエン


ポートモレスビーから飛行機で1時間30分。ビスマルク海と太平洋の境目にあるニューアイルランドの玄関 カビエンに到着します





ここはダイビング、釣り、サーフィンのウォータースポーツに適した島ですがまだまだ面白いも二があります。


カビエンのネオン瞬くナイトライフも楽しめます。





ネオンと言っても電源は自然、蛍です。


ここカビエンでは過去何度か蛍の木の取材に世界各国から撮影チームがきてい


ます。





蛍は緑色の光を放つ雄が黄色の光のメスを呼びます。無事子孫繁栄の営みが終了するとメスの黄色は黄緑色へと変化して行きます。この微妙な色の変化を観察することも一興です。


最初はバラバラに点滅していた光もだんだんと同調して、一斉に点滅する場合があります。またウェーブのように流れて行くように点滅する場合もあります。





蛍の木とは蛍が集まってくる木を指して行っており特定の木ではありません。


一番良く見かけるのが地元でシェード・ツリーと呼ばれています。


この木はココアやバニラがまだ小さい時に強い陽射しのために枯れてしまわないように日陰を作るために植えられているのです。ここによく蛍が集まります。しかしこの木はその役割を果たすと切り倒されたりします。このため去年まで蛍の木があったけど今年は木がなくなっていることがあります。


また蛍の幼虫はきれいな水が必要です。時折起る旱魃のため小川等が干上がり蛍の幼虫が全滅することもあります。このため木はあるけどここ2年位は蛍が集まらないと言うことがあります。





このためこのツアーを企画運営しているツリーハウスビレッジのアラン・ベック氏は定期的に夜、地元の若者と今が旬の蛍の木をチェックしております。


ツアーは夕食後8時くらいにホテルを出発し、2時間をめどに帰ってきます。


蛍だけでなく空いっぱいに広がる星もウォッチングできます。空気が澄んでいるのと、赤道直下のため星が非常に近くにあるような感じです。


南十字星もはっきりと御覧頂けます。





お出かけになるときは月齢を確認してください。新月に行かれることをお奨めします。周囲が暗く蛍のイルミネーションがより一層引き立ちます。満月だと明るすぎてちょっと見づらくなります。


ツリーハウスビレッジは小さな宿です。お申し込みはお早めに。


また蛍以外にもクロコダイルウォッチングツアーもあります。


Posted on 2007-01-04 by Narita
ニューギニア関連の本第2弾
脇さんよりほんのレポートが届きました。読んでから行く、行ってから読む,行って読む??





◇「狂気の起源をもとめて パプア・ニューギニア紀行」 野田 正彰 中公新書 1981年7月


著者は精神病理学の医師であるとともに文化人類学にも造詣が深い。


1980年にPNGを訪ねて、西欧文化の接触によってPNGの人々の内面がどうかわってきたかを記録した書。たった百年前に石器時代から突如飛行機の飛ぶ文明に接したことによって、PNGの人々の受けとめた驚きは計り知れないものがあるにちがいない。この異文化の出会いに戸惑っている人々を、西欧合理主義は西欧近代思考に合わない者として「精神病者」として位置付け排除する。著者はこのことに疑問を呈し、彼らの文化をあたたかく見つめ、伝統社会のあり方を理解する。


首都ポートモレスビーからはじまりマダン、セピック、ハイランドと「患者」の記録をとる行間にそれぞれの地方の風俗が記されていて、今でも変わらないことにかえって驚かされる。


「積荷崇拝信仰」をご存知だろうか。もともとメラネシアでは儀礼的に物の交換という形で社会的なつながりをお互いに確認してきた。そこへキリスト教布教活動などによって、西欧の様々な財物がやってきたのだが、これらはもともとPNGの先祖の物で、先祖の霊が飛行機や船で運んできたと考える世界観をもつ運動を「積荷信仰」という。現実判断に戸惑いが生じただけだと片づけるのには心を傷つけすぎたようだ。罪な話しだ。


興味のある方はどうぞ一読を。





◇ 「ラバウルの秘宝」 中津 文彦 中公文庫 1991年8月


江戸川乱歩賞作家のPNGを舞台にした推理小説。


現地で取材をしただけあってフィクションであるにもかかわらず、細かい描写についてまで現実感がせまる。舞台はポートモレスビーとラバウル。明治から昭和初期にかけて、ラバウルで貿易商人として事業を拡大していた日本人の暗号文書が50年以上たってから発見され、その解読をめぐる話しを中心に展開していく。


単なるご当地ものとはちがって、戦争も含めた歴史認識も織り込んであるため奥行きがある。


ラバウルのヤシの木陰で波の音を聞きながら読むのもいい。






Posted on 2005-03-12 by Narita
ニューギニア関連の本
■パプアニューギニアのガイドブックはあまり出ていません。2002年のお正月をパプアニューギニアで過ごされた 脇 直基さん 寿美子さんよりニューギニアに関する本の情報をいただきました。

■*******************
■2003年2月22日
■行ってから読むか、読んでから行くか
パプアニューギニア(PNG)に関連している書籍を紹介します。興味のある方はどうぞ。今は書店で手に入りにくい本もあるかとおもいますが、理解の助けになればと思っています。

◇「パプアニューギニアの食生活」 鈴木継美 中公新書 1991年10月
1971年から20年ほどかけてPNG西部の諸州各地を野外調査し、分析した、ちょっと変わった視点から見つめる本。部族社会が平等主義である、などの面も紹介されている。
PNGの伝統的な生活様式の中では「塩なし文化」が主だったが、この生活様式では先進諸国とちがって高血圧疾病がない、などの報告もある。また、ビタミンEの不足がマラリアに感染していても発作が抑制され、病院でビタミンEを含む食物を与えられると発熱してしまうという、何とも奇妙な現象も述べられている。
また、タロイモからサツマイモへと栽培の中心が移っていくに従って土地生産性が増大し、生活も定住性へと変わり、ブタ飼育が可能になってきたなど、PNGの劇的な生活変化が紹介されている。ヒトの社会発展の初期段階を数千年前に終了したわれわれにとっては、同時代だと思えぬ現象が語られている。

◇「女二人のニューギニア」 有吉佐和子 朝日文庫 1985年7月
作家・有吉佐和子が友人の文化人類学者を訪ねてPNG西部の村・部族を訪れた紀行。実際に訪れたのは1968年と、PNG独立前ではあるが、当時の風物光景が生き生きと描写されている。それらの光景は今だに色褪せてなく、こんにちにも見られるそれと何ら変わらず古さを感じさせない。いまだにPNGは伝統世界が息づいている証拠でもある。描写の仕方はさすが作家だけあり読者を飽きさせることなく、その筆は先へ先へとすべっていく。文化のちがいにとまどいながらも、しっかりとみつめモノにしていくさまは見事である。願わくはPNGに行く前に読む人は、PNGに偏見を持つことなく是非行ってみたいと思われればいいのだが。

◇「パプアニューギニア 精霊の家・NGO・戦争・人間模様に出会う旅」 川口 築 花伝社 2000年11月
「ハウスタンバラン」と呼ばれる儀式用の木造建築「精霊の家」に残されている伝統的な柱など彫刻、壁の絵画を実態調査しているNGOの活動を中心に書かれている。セピック地方について詳しく紙幅がさかれている。PNGで避けて通れないのが第二次世界大戦での日本軍の侵攻。ウエワクでの日本軍の最後の攻防が描き出されている。
精霊と慰霊の旅の記録である。


◇「戦場パプアニューギニア」 奥村正二 中公文庫 1993年5月
PNGのあるニューギニア島東部へは第二次世界大戦中、この戦線へ送られた日本軍の兵士のうち日本へ帰還したのは6%にすぎなかった。戦時中の報道統制による情報の少ないことと生存者が少ない中で、過酷な「敗退」を克明に描いている。
こんにち、PNGの人はオーストラリアにあまり好意感を持っていないが、その根は深く、この戦争の前にまでさかのぼることがわかる、など今でもかわらない風習や生活風景も描き出されていて興味深い。塩を「ワラクワエ」という草を燃やした灰から摂る方法が紹介されているが、この道具はゴロカのマッカーシー博物館で見ることができる。塩といってもNaClではなくKClで、ヒトが本来進化の過程で摂取していた高カリウム食に近い。
ニューギニアの戦記物は生存者が少ないことと発行部数の少ない私家版が多く、入手困難な書物が多い中で、文化人類学の面も含めてPNGを知る好著といえる。

◇「経済人類学への招待」 山内 昶 ちくま新書 1994年10月
近代以降の今みたいにあくせく働く時代の前は、富みの蓄積も共同体のメンバーが暮らせていく分だけあれば十分だった。農耕もそれに対応した内容で充足していた。ということは働く時間も少なく、消費エネルギーも少なかった時代があったのである。
近代化以前の社会では、男どもが手持ちぶさたに道端でしゃがんでいたり、女性はおしゃべりに熱中していたりする図を見かける。こういうことが実践できて生活に満足もしている、なに不自由していない世界がかつてあった。毎日が日曜日の世界である。こういう生活が今でもPNGに残っており、この本の中でいろいろな部族の紹介がされている。ちょっと前まで石器時代だった彼らの方がぜいたくな時間の過ごし方をしている。
われわれの、時間に追われ市場メカニズムに組み込まれた生活は本当に豊かなのだろうか、と問いかける。
Posted on 2005-02-27 by Narita

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